政治史に残る敗戦後最悪の自民総裁選

=どうにも止まらない与野党の劣化現象=

 自民党総裁選が9月7日告示(同20日、投票日)となっていたが、北海道大地震(9・6)のため、安倍晋三首相と石破茂元幹事長の演説会が、同10日から開かれた。

 これは、一般の衆参議員選挙と違い、自民党だけ(国会議員405票、党友405票)の選挙だから、安倍首相は圧勝とみて内輪の票固めに専念している風に見え、国民をないがしろにしている。

 10日、首相と石破元幹事長から政治課題として、①景気、雇用の経済政策、②社会保障、③外交、安全保障、④憲法改正、⑤災害対策・・などが大きなテーマとして上がったが、街頭演説会は全国5カ所のみ(前回、H24年、17カ所)とは、なさけない。

 首相は選挙期間中の10~13日はロシアに出かけ、国際会議でプーチン大統領と会う。北方領土返還問題ではなく、同領土との間の経済交流、日本人島民の自由墓参、さらに海産物の養殖、イチゴの栽培などの交渉だ、という。私は笑っちゃう。

 北方領土はロシアの軍事(治)基地化し、日本敗戦で領土はロシアの「戦利品」扱い。日本への返還はありえないのである。

 朝日は「日ロ交渉、見えぬ進展」(9.7)の見出しをつけて、この期に及んでの訪ロに不満の意を示している。

 日本の次の3年間の総理大臣を決める重要な時に、22回目のプーチン・安倍会談をやるとは私も首をかしげる。プーチンからの「みやげ」はない、とみる。これらは、どれもこれも安倍外交の火遊びで、自民王国「安倍1強」のなせるわざ。トホホ・・・である。

 そんなわけで、この原稿を書くことすら、あほらしくなってくる自民総裁選。「茶番劇」から「田舎芝居」だ。

 しかし、茶番劇であっても日本政治史の中で、「平成末期」にこんなあほらしい政治劣化の時代があった・・ということを記しておきたい。

 そこで、茶番となる裏返しの真実を伝えよう。新聞の世調によると、安倍と石破の対決では、安倍は石破よりも10ポイント以上離して「圧勝」とある。

 さらに世調(朝日)を深追いすると、安倍、石破の両候補の支持率よりも「支持したい候補者がいない」がトップとなっているのは、ないものねだりか。日本政治の劣化をまざまざと見せつけている。

 イスラエル人は言う、「我国は政治を切り離しては、国民は生きていけない国です。日本人は政治に関心がうすく、経済さえ良ければ政治は何でもよい、と思っている」と酷評した。日本人の政治の無関心ぶりをよく見ている。

 ところで自民党の総裁選挙管理委員会(甘利明・代表)は、総裁選前、新聞、通信各社のマスコミに「公平・公正」を求める異例の文書を配布。

 こんなことは歴代首相の田中角栄、中曾根康弘、小泉純一郎だってやってない禁じ手。民主主義が死ぬような汚い手でマスコミを牛耳ようとする首相は、海の向こうのトランプ米大統領のように権力にしびれて、格好いいとでも思っているのか。小学校の学芸会、児童会よりもタチが悪い。

 しかも、ついでに言うと、甘利委員長は数年前、地元神奈川県での500万円のワイロ事件に関わったにもかかわらず、安倍首相のお友達ということで放免された輩(やから)。

 これに対し、田中角栄首相のロッキード事件で検察の主役、堀田力・検事(当時)は「甘利氏が逮捕されなかったのなら、あの田中逮捕のロッキード事件とは一体何だったのか」(朝日)とかみついた。同感だ。

 そんな男(甘利)を再び首相のコシギンチャクにさせる首相とは、ここでもトホホ・・・である。

 先に示した政治課題の①~⑤に加えて、私は首相に問う。失った政治への政治への信頼をどう取り戻すのか。モリ(森友)カケ(加計)を国民に説明しなければならないはずなのに。首相は「テイネイ」と「ケンキョ」という腹にもない言葉を繰り返すだけ。国民をバカにして「ウソ八百」のモリ・カケを演じてみせた。

 そこから財務省、文部省まで忖度させて巻き込み、役人の「公文書隠し」、「公文書改ざん」を見事に見せつけた。近畿財務局役人の自殺まで出したのに、首相の知らぬ顔とは冷たい。

 こうした国会の田舎芝居は国民がよく見ており、世調では76%(朝日)が安倍首相の説明に納得していない。(納得は14%)

 私が今夏、北海道の某学校でモリ・カケ論を聞くと、小学生は「首相も文部省も財務省もウソばっかり」と大笑い。

 あげくの果て、「あんな白々しいこと、よくテレビで言えるものだ。子供にだって、すぐバレるようなウソだよ。政治家って余り頭が良くないな」だとさー。日本政治のデタラメぶりは子供たちまで浸透している。

 文部省は本年4月入学の小学生から「道徳教育」を必修教材に入れていたが、これは首相や官邸の取り巻き、さらに文部省、財務省に入省していく東大卒の役人にこそ、道徳教育の再教育が必要だ。

 次に、挑戦者の石破候補にも苦言を。首相がのらりくらりと総裁選の正式出馬を延ばしていた時、石破氏は政治に「正直、公正」を主張していた。

 ところが、自民の外野席からモリ・カケを意識してだろうが、「首相への個人攻撃はいけない」と声が飛んだ。

 石破氏は、これを気にして総裁選が近づくにつれ、「正直、公正」の文句をひっこめてきた。

 しかし、私はここで主張したい。しょせん、政治という中での選挙は戦争である。それを分かった上での石破氏出馬ではなかったのか。

 私の恩人、片岡鉄哉氏(スタンフォード大、フーバー研究所上級研究員=故人)はじめ、橋本徹氏(元大阪府知事、元大阪市長)は、「選挙とは時代を代えた戦争」と言って、はばからなかった。同感だ。

 その論でいくと、石破氏には「何を今さら撤退じみた消極的なことを言うのか。それでもおまえは金玉を持っているのか」と論破したい気持ちだ。

 「負け戦」とわかっていても、堂々と戦う石破氏の「男の美学」は買うが・・・男の一生には、そういう時もある。

 落ち目にたたり目の野党にも一言、申しあげたい。自民総裁選直前という時に、国民民主党は党首選(9・4)をやった。

 自民総裁選を結婚式場だとするならば、国民民主党選はさながら葬式か通夜のようなもの。なんでこんな御時世に野党の党首選をやるのか?

 世調はどんなに腐ってもタイの自民でも支持率40%(朝日)。しかし、立憲(5%)、国民(1%)、公明(2%)、共産(3%)、維新(1%)、希望(0%)ー。どんなたし算をしても政権交代はない。

 それでもバラバラで各野党はお山の大将の親分気分。国民は政権を取らない、取れない政党にはよりつかない。

 こんな政治に誰がしたのか?結論はジャーナリストの田原総一朗さん(84)と私の意見が似ているので引用しよう。

 「自民党の劣化だ。かつて自民は主流と反主流の論争で首相交代も引き起こした。選挙制度が小選挙区になり、選挙区内の公認が1人になったことで、執行部のイエスマンが増えた。野党に政権構想や野心がないのも相まって、自民内に緊張感や議論がなくなった」。(9・4、朝日)

 続けて田原氏は「モリ・カケは安倍さんの気の緩み。憲法9条の自衛隊明記に矛盾もある。なのに誰も何も言わない。劣化は進むばかり」。(同)

 私があえて前文に田原氏を登場させたかというと、政治も劣化だが、テレビ・ジャーナリズムも仲よく劣化だ。

 一昔は選挙があると、人気者の田原氏を中心に、あちこちのテレビの深夜番組で「朝まで生テレビ」と称して与野党がガチンコしたものだ。

 それが今の安倍政権の一党独裁色が強まったせいか、政治番組が極端に消え、「朝まで生テレビ」のような本音で討論する番組は皆無。

 これは、スポンサーが横槍を入れて、その種の生テレビは少なくなった、いうウワサはたえない。

 先にあえて田原氏の年令をいれたのも、今の新聞、テレビマスコミは田原氏ほど直言できるジャーナリストはいない。日本マスコミは老いてなお健在の田原氏を大いに日本国家のためにブラウン管に、新聞活字に登場させるべき。

 肩書だけ立派で記者、ジャーナリストぶる輩はゴマンとテレビに出ているが、ほとんどが「忖度」野郎ばかりでウンザリする。

 そして差別するつもりではないが、美人というだけでテレビに出演させて「政局」を語らせる輩が多いが、市井には政治に直言できる才媛はあまた。人選を独占できるテレビ局は、あぐらをかいているとしか思えない。

 NHKにしても夜の7時、9時のニュースでも、昔は視聴率20~25%あったが、昨今は15%維持も危なっかしい。「皆さまのNHK」が遠くなりつつある。猛者(もさ)のキャスターやアナウンサーがいなくなった。NHKはまさしく動く紙芝居でしかない。ここでもトホホ・・・である。

 こんな時代、テレビは至るところ「旅の案内」「料理教室」、おもろくもない「吉本興業」など・・・に国民は満足しているのだろうか。

 平成の末期は「政治の劣化」と共に「マスコミの劣化」、さらに「国民の劣化」を招いているー。

村井 実
平成30年9月10日